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移りゆく季節、変わっていくこころ。

このブログを始めた当初、私はアオイの生まれ変わりを信じていました。
だから早く、早くアオイを空に還して、また新しい生を受けて、
新しい幸せな生活を…と願いました。
そして一縷の望みをかけて、
万が一生まれた場所で幸せな生活を送れないようだったら、
また私のところに戻ってこれるように、そんな最後の手紙を書きました。
いつの日にかまた、アオイと出会えるかもしれない。
そういうかすかな、ずっと消えない気持ちを持ち続けていました。




そしてあかりと暮らし始めて約4年、いろいろな事がありました。
一人暮らしでフルタイムで働いていると、
どうしても長時間のお留守番に罪悪感を持ちます。
それでも私にはあかりが必要だし、あかりと一緒でないと暮らせない。
でも一番に幸せにしたい相手を必ずしも幸福には導けていない。
そんなジレンマを抱え続けて、今も暮らしています。




私はきっと、再びアオイと巡り合うことができても、
アオイを幸せには出来ないんだろう。
自然と、そう思うようになりました。 
自分をわざと卑下しているのではありません。
例え私が望んだとしても、仮にアオイがそう望んでくれたとしても、
もうそのことに固執したり執着せずに、自然な流れにすべてまかせて、
強く思い過ぎるのはやめた方がいい。その方がきっといい。
だからアオイには、最後のさようならを言いました。
私の中ではずっと消えないけれど、私の中のアオイは空に還りました。
秋の日の空に。




例えばいつか黒パグちゃんと暮らす日がきても、
アオイとそっくりな表情をしたワンコを迎えることがあっても。
私はその子をアオイの生まれ変わりだと思って接するのはやめようと思います。
アオイは唯一だし、
仮にその子がアオイの生まれ変わりだとしても大事に思うのは一緒だから。
私達が再び巡り合ったとしても、そうでないとしても、
それを決めるのはきっと私達ではない。
私にできるのはアオイの魂の幸せを願うことだけ。それだけにします。




あかりは縁あって、我が家にやってきました。
私はアオイがあかりを私のところに導いてきてくれたんだと信じています。心から。
まだブログには書けていませんが、あかりの病気も私に託されました。
これからのことは分からないけれど、ずっと一緒に戦う覚悟は出来ています。
ここでこのブログは再び休止しますが、落ち着いたら戻ってきたいと思っています。


なので、いつの日にかまた。
冬を迎えつつある仙台にて。






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空が高かった日

10月8日、アオイとの最後のお別れの日でした。
台風が過ぎ去った東北は晴れていて空が高く、
小雨がぱらつく薄曇りだった火葬の日とは、対照的なお天気。
駅まで母を迎えに行き、その後自宅でしばし休憩した後、
あかりを自宅に残し、アオイの骨壺を持って二人で動物納骨堂のある墓園へ車で向かいました。




以前見学に行った際、受付管理事務所の人に納骨の手続きを聞いていたのですが、
今日受付をするとその時とは違う人が担当になってくれました。
実はその見学の際の対応してくれた女性の感じがすごく悪くて…。
納骨の当日は別の人だったらいいなと思っていたのが現実になって、すごくほっとしました。
後味が悪いとちょっと…という杞憂がなくなりほっと安堵。
とても優しい感じのおじいさんでした。
納骨堂のある場所は受付場所とちょっと離れているので、それぞれの車で入口に向かいました。




仙台市は人口も多いため、この納骨も一日に何件もあります。
担当の方は変な言い方ですが、とてもスムーズというか案内慣れしていて、
あっという間に納骨堂の鍵を開け、その場所へ私達を導き、これまたさっと離れていきました。
多くの家族がここで最後のお別れ。それぞれ思い思いのお別れがしやすい様に、少し離れた場所で佇んで待っていてくれました。
辺りは木々の音とかすかな鳥らしき声。私は約5年間一度も開けなかった骨壺の蓋を開けました。




母に見る?と聞き、母が見ると言ったので二人でアオイのお骨を見ました。
それはきれいなまま、約5年の歳月を経て私たちの前にありました。
私はこの骨壺にお骨を納めた際の記憶がなく、母が「あの時のままだね…。」と言ったのに返事が出来ませんでした。
ただ確かに少しオレンジピンクがかった白いお骨はきれいで、時を感じさせないものでした。



東日本大震災時、化粧箱に入ったままのこの骨壺はそのまま床に落下しましたが、
中身はなにも壊れることなく、アオイのお骨を守ってくれていました。
この骨壺とあかりだけを抱いて、マンションの非常階段を駆け降りて逃げた日を思い出します。
アオイとも、骨壺とも本当に最後のお別れ。でも私は不思議なくらい感傷的にはなりませんでした。



骨壺から納骨する際、母は「あかりちゃん、ありがとね。またね。」と言いました。
私は一言も発しませんでした。ただ、納骨することに集中していました。
集中していないと出来ませんでした。離れてた場所で待ってくれている係りの方を待たせたくもなかった。
納骨してその場を離れる瞬間、何も声をかけなかったことをものすごく後悔しました。一瞬。
でも足を止めることはしませんでした。母もすぐ私のあとに続き、納骨堂の入口は閉ざされました。



係りの方が骨壺と化粧箱をどうしますか?と聞いてくれたので、お願いしますと言って渡しました。
母と二人、ありがとうございましたと頭を下げ、係りの方はそのままはい、と言って去って行きました。
私は何度かもう訪れていたこの場所ですが、母は初めてだったので良い場所だね、と辺りを見まわします。
ちょうど他の参拝の方達が表れたので、私は行こうか、と母を促し車に戻りました。
運転席に座り、ドアを締めてまもなく、私の目に涙がにじんできました。



やっぱりあれだね、本当にお別れって感じがするね。すごく時間がかかったけど…。
ここに納骨できてよかった。ここに納骨できて本当によかった。
おかあさん、ありがとね。一緒に来てくれて。ほんと…。



母は、
またいつでも来れるね。ここはほんとうにすごくいい所だね。
みずほがずっとお骨を持ったままだったから、どうするのかと思ってたんだよ。
安心したよ、と言ってくれました。
母にずっと心配をかけ続けていたことに、この日気づきました。



私は様々な想いを一旦胸にしまい、涙をふいて車を発進させ、墓園をあとにしました。
その後は山形に行ったりと忙しい時間を過ごし、今ブログを書いています。
どうしてあの時アオイのお骨に何も声をかけなかったのか、
納骨のときから少し時間が経って改めて思い返します。



多分、私にはもうアオイにかける言葉が出尽くしていて、空っぽだったんだと思います。
自分の中では、火葬の寸前にアオイ話しかけたたくさんの言葉が全てだったんだと。
骨壺を持ち帰ってからは言葉自体を発するというのではなく、
心の中で言葉にならない想いを伝えていたんだと思います。骨壺とアオイに。
ずっと一緒に見守ってきた骨壺。今まで本当にありがとう。
アオイ、お疲れさま。長く待たせてしまって、私はもう何も言えないけど、それでも。
さようなら。さようなら。永遠に、さようなら。







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納骨を決断したきっかけ<その2>

いつか納骨のときにブラックダイヤのネックレスを手放すときがきたら、
このフラワーモチーフのネックレスを身に着けよう。
そう思ってしばらくは洋服箪笥の中にそのまましまってありました。
でも時間がたつにつれ、やはり気になって、とうとう包装を開けて中身を取り出してしまいました。
手に取ってつけてみると、すんなりとホワイトカラーのモチーフが鎖骨のあたりで揺れています。
ブラックダイヤのネックレスに固執していた自分が、いつの間にかいなくなっていました。
そしてその夜、宮城県内のペット霊園についてネットで詳しく調べ始めました。




この時点で、自宅の庭に納骨するという選択肢は自然に消えていました。
アオイの位牌にブラックダイヤのネックレスを預けようという気持ちになり、遺骨は他のペット達と一緒の合同の形で納めようと思い始めていました。
そうすればアオイの遺骨も寂しくないし、ネックレスともいつも一緒です。
アオイは犬見知りだからと、他のワンちゃん達と一緒にするのは忍びないという考えも以前はありました。
でも、アオイはもうここ(遺骨)にはいない。
もうずっと遠く、虹の橋を渡り切ったところにいるという実感があったので、他の飼い主さん達と一緒にお参りができる合同葬がいいと思いました。




私はアオイが初めての動物の家族だったので、ペット霊園はすべて民営のものだと思い込んでいましたが、検索するうちに、聞きなれた『葛岡墓園』という文字が出てきました。
そういえば、パグ仲間の一人が先代犬のお墓を葛岡にしたと言っていたような…。
思い出しながら葛岡墓園を開くと、それは仙台市が創設した大規模な一団の墓園の総称でした。
市営の墓地?と思いながら見てみると、その一角には動物納骨堂というペット達専用の場所がありました。なんと市民であればいつでも無料で納骨が可能とのこと。合同の形で納骨後もお参りが出来ること。
他のペット霊園を検索することも忘れ、ここにしようと決めました。




アオイの位牌が届いていなかったら、フラワーモチーフのネックレスを手にしていなかったら。
こんなにすんなりと合同の納骨に踏み切れなかったかもしれません。
この葛岡墓園は公営なので、仙台市がなくならない限り納骨堂は永久に管理され、市内のペットや飼い主達の大切な場所として引き継がれていくでしょう。
葛岡墓園がもし存在していなかったら、民営のペット霊園の中から自分で納得のできる場所を選ぶつもりでした。
でもおそらく何ヶ所も見学に行ったし悩んだりもしただろうし、やはりここまですっきりと決断できたか分かりません。
こんなにすぐそばに公営の動物納骨堂があったなんて。
辿り着くのに時間がかかり過ぎ、とも思いましたが私には必要な時間だったんだと今では思います。




動物の生まれ変わりのサイクルは人間とは違うから、なるべく早めに遺骨を納めた方がいい。
自宅の庭にペットを埋葬することに反対の意見。いろいろな考え方があります。
私はずっと、アオイが亡くなった時にお世話になったご夫妻の庭にあった手作りのお墓に憧れていて、同じように埋葬してあげることが夢でした。
でも時間が経って、今回決めた方法が一番の最良だと心から思うようになりました。
時間が経ちすぎないうちに早く、と焦って別の方法で納骨していたら、きっと後悔していたでしょう。
だから納骨の時期も方法も、その飼い主が一番納得できるものでいいと思うんです。
私みたいに何年もかかってやっとの人もいるし、埋葬の形も本当にさまざまで。
正解を探すのではなく、それぞれの形で思い思いのさよならが出来たらそれがきっと答えです。




今回ブログを再開したときには今月にも納骨をする予定でしたが、
もともと来月に母が仙台にくる予定になっていて、どうせなら母と一緒に二人で見送ろうということになりました。
なんだかこれもアオイの遺志がそうさせているような…。気のせいかな?(笑)
でもきっと可愛がってくれたおばあちゃんがお見送りに来てくれて、アオイも喜ぶんじゃないかと思います。
アオイは遠く離れていても、最後のお見送りの際の想いはきっとどこかでつながっていると思うから。





001 - コピー
骨壺があった位置に位牌が、骨壺は納骨に備え中の図。






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納骨を決断したきっかけ<その1>

まず一つ目は、アオイが私の夢の中に出てこなくなったこと。
亡くなってからしばらくは、時々アオイは私の夢の中に出てきて、
必ず私の顔を見つめ、その丸い体や上目使いの表情を見せてくれていました。
ですが半年、一年と経つうちに、いつの間にか出てこなくなり、
胸が締め付けられなくなるとともに、アオイはもう夢には出てこないのかもしれないなと自然に思うようになりました。
寂しいというよりは諦念、アオイはもう私の傍にはいなくって、
どこか遠い、私の知らない場所にいるのかなと考えるようになっていきました。




そして二つ目は、アオイの位牌が私のもとにやってきたこと。
位牌と言っても、専門の業者が作ったり、人間の位牌のような正式なものではありません。
あるパグ仲間のお家に知り合いの芸術家の方が作ったというパグの置物があったのですが、
素晴らしい置物で思わず感嘆していたら、その芸術家の方が同じ置物(手作りなので一つ一つ違う)を私にもひとつ、作ってくださったのです。
そのパグ仲間も芸術家の方も、アオイのことは知りません。
お邪魔した日から少しして、またそのパグ仲間のお宅にお邪魔したら、すとん、とその置物は私の目の前に座っていました。
どうやらパグ仲間がパグ好きの私の為に気を利かせてくれ、もう一つ作ってくれる様に言ってくれたみたいなんです。
私はその芸術家の方にお会いしたこともなく、どうしてこんな貴重なものを見ず知らずの私にまで作ってくださったのか定かではありませんが、
その置物が来てから、私はそれをアオイだと思って大切に、毎日過ごしています。




002 - コピー
骨壺のあった場所に鎮座してくれています。




三つ目は、うまく伝わるかどうか分かりませんが、上の画像の置物にかけてあるネックレスの事について。
アオイの生前、近所のアウトレットでたまたま、小さなブラックダイヤモンドのついたゴールドのネックレスを見つけました。
それを見たとき、なんかアオイっぽいなあと思い、普段そんなにアクセサリーをつけない方なのに即決して買ってきてしまいました。
そして家に帰ってからアオイの首にかけ、似合うね~なんて話しかけながら、次の日からほぼ毎日そのネックレスをつける日々が続きました。




アオイを失ってからも、私は毎日そのネックレスを身につけ続けました。
最初はアオイと毎日一緒にいられる気がして、つけない日など考えもしませんでした。
そのネックレスを見るたび、アオイを思い出し、嬉しいような切ないような苦しいような、
ないまぜになった気持ちは重いときもありましたが、その重さこそが今の私なんだと思っていました。




でも何年も経つうちに、少しずつ私の心には違った感情が芽生えてきていました。
どちらかというと自宅の庭に納骨することを考えていた私は、納骨の際にこのネックレスもアオイと一緒に埋めるつもりでいました。
二人の思い出のこのネックレスを一緒に埋めてあげることが、私の一番の贖罪だと思っていたのです。
ですが私の納骨の決断はなかなか下されず、時間ばかりが過ぎていきました。
私は納骨するまでずっと、このネックレスを毎日身につけ続けるのかな。
義務感でそうしているのかな。アオイを忘れないように、思い出すように。
そして納骨のときにこのネックレスを埋めてしまったら、もう二度とこのネックレスには会えない。




うまく書けませんが、ネックレスを重く考える自分を責める気持ちと、
ネックレスと離れられない気持ちが複雑に心を占めるようになっていって、自分でもどうしようもない時期でした。
するとまた、偶然立ち寄った雑貨屋さんであるネックレスに出会いました。
それはフェイクでしたが、イエローゴールドの小さなフラワーモチーフのついた華奢なネックレスで、思わず手に取って眺めていました。
四葉のクローバーみたいで可愛い。その時は買いませんでしたが、別の用事に立ち寄った際に売れていないのを確認したりして、どうにも諦めきれなかったので結局買ってしまいました。
でもその時は、すぐつける気にはなれず、洋服箪笥の引き出しにしまっておきました。








すみません、長くなりすぎたので<その2>に続きます。
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納骨の時期

アオイは他県で火葬し、母と二人で骨壺を抱え、その足で仙台に戻りました。
その火葬場では仙台で納骨したい旨を伝えると、宮城県内の民営のペット霊園を紹介してくれました。
なので、当時は私もその紹介されたペット霊園に納骨するつもりでいました。
自宅(当時はマンション)から車で1時間もかからない場所にあったし、折をみて見学し、
費用や参拝など説明を受けて、納得したらあかりと一緒に二人だけで納骨すればいいと考えました。




しかしその後、アオイと暮らした当時の自宅のマンションに一つ問題が浮上しました。
バルコニーに、鳩が頻繁にやって来るようになってしまったのです。
その時既にパピーのあかりと迎えていたので、私は軽くパニックになりました。
鳩のフンは非常に衛生的に問題で、掃除をするだけでも私自身に害が及ぶし、
直接触れなくてもあかりに万が一のことがあったら大変です。
バルコニーはマンションの共用部分なので管理会社と話し合いましたが、
管理規約の改定や他にも問題があり、なかなか前に進まない感じでした。
それでその時、そうだ、アオイの遺骨を庭に埋めることも出来るし、一戸建てに引っ越そう。
仕事柄行動は早く、その年の年末までにはマンションの売却と一戸建ての購入契約を済ませていました。




年が明けて一戸建てのリフォームも完了し、さあマンションを引き払って一戸建てにお引っ越し、となった時に、あの東日本大震災が起きました。
引っ越し直前のマンションは8階だったので揺れに揺れ、詳しくは3.11のカテに書いたとおりです。
その後、紆余曲折を経て一戸建てに入居した訳ですが、ここでまた私の心は揺れました。
震災で多くの人が自宅を失い、または離れて暮らすことを余儀なくされている。
私は果たして、この一戸建ての新居に一生暮らすことができるのか?
たとえできたとしても、私の亡き後はアオイの遺骨はどうなるんだろう。
第三者がこの土地を入手したとき、前所有者の手作りの墓をどうするのかなんて誰にも分からない。
半分はアオイの遺骨を埋めるために購入した一戸建てでしたが、また迷いの中に入ってしまいました。



一戸建てに暮らしながらも、アオイの遺骨を庭に埋める決心がつかず、
また紹介された民営のペット霊園を見学に行くでもなく、長い月日が経っていきました。
震災の影響もあったと思いますが、私は民営のペット霊園がいつまで存続できるのか、
例えば経営していた人が亡くなったり廃業してしまった場合、そのペットの遺骨達がどうなってしまうのか。
疑心暗鬼になってしまい、今度は民営のペット霊園に納骨することさえも躊躇するようになっていました。
当時は仙台市営の墓園にまで思い至らず、想いは堂々巡りでした。
またアオイの遺骨を手許から離す勇気もなかったんだと思います。




民営のペット霊園が信じられないくらいなら自宅の庭に埋めようか。
それとも近くの山に入って、こっそり人知れず納骨しようか。山なら無くなったりしないし。
実際海に散骨したり、山林に納骨される飼い主さんもいるようです(法的には分かりません)。
でも私は、自宅庭・民営のペット霊園・自然に還すのどれもしっくりきませんでした。
しかも亡くなった当時の、早く納骨してアオイを自由にさせてあげたい、という気持ちも
なんだかよく分からなくなってきていました。
あまり長く遺骨を手許に置いておくのは良くないんじゃないかという思いも確かにあったのですが、
それにしても時間が経ちすぎてしまっていて、ここまできたら納得のいく時が来るまでというか、
焦ってもすぐに納骨できる心情でもありませんでした。
ところが転機というものは意外なくらいすーっと、私のところにやってきたのです。








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Appendix

プロフィール

みずほ

Author:みずほ
仙台でパグとの二人暮らし♪

長女:アオイ
(黒パグ♀ 享年3歳3ヶ月)

次女:あかり
(フォーンパグ♀ 4歳)
 

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