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り災証明書

超久しぶりの更新で、こんなタイトルですみません~。
ですが放置しまくりのブログに向かう気持ちになれたのも、
この『り災証明書』が最近になってやっととれたからなのです。
パグブログにもかかわらず、震災関係の内容の記事になってしまうので
楽しいお話を期待されてきてくれた方にはごめんなさい。
なので今回で、この「3.11」のカテゴリーを終わりにしたいと思います。









東日本大震災の被災地で、被災者への支援に欠かせない『り災証明書』。
私は5月上旬に「り災(届出)証明申請書」を自宅のある区役所に提出しました。
地震発生時から約2ヶ月も経過しての提出には、遭遇したトラブル以外にも理由がありました。
私は被災に遭った自宅マンションの被害を自分の中で軽くみていて、
苦労して『り災証明書』をとってもほとんどその恩恵にあずかることはないだろうと思っていたのです。







しかも『り災証明書』発行までにはものすごく時間がかかるよ~とも言われていたし、
幸いなことに地震保険にがっちり入っていたので、急を要していませんでした。
それでも5月に入って新居への入居も決まり、引越し後は超忙しくなるだろうと思った私は
仕事での外出ついでにささっと区役所の窓口で申請書を書きました。
その頃には窓口も空いていて、受付の方も慣れた様子で短時間で申請手続きを済ませてくれました。







新居への入居の前後は怒涛のごとく過ぎてゆき、私は震災特需に煽られた市場の中で、
これまでにないほどの超多忙の仕事に追われていました。
しかしその中でも、震災関係の情報は毎日のように入っては去り、入っては去りの繰り返しで
私は自分がまいっていくのを感じていました。
自分の不甲斐無さだけでなく、震災で「儲け」が発生していく事実、行き渡らない支援。
同じ被災地にありながらの不公平感、被災地や被災者への他地域からの批判もネットで沢山見ました。
批判する側・される側のどちらの言い分も正しくて、それを傍観するのはとても歯痒いです。
いま、被災地では無気力感に襲われるのが一番危険な気がしています。







自分の周りの人達が、どんな状況でどんな支援を受けていて、私は今どんな状況にいるのか。
『り災証明書』の問題にとどまらず、支援の仕組みが複雑を極めていて到底把握できません。
それでもやっと、今回の発行で私の「被害」が確定し、受けられる支援もはっきりしてきます。
私が受け取った自宅マンションの『り災証明書』には、
当初私が予想していた被害の認定の一つ上のものが書かれていました。
諦めずに申請して良かったな。素直にそう思い、そして思った以上に私は救われていました。










このブログに書き切れないこと、憚って書けないこと、とても多くて困ります(苦笑)。
以前から考えていましたが、このブログの形態ではなく、
私やあかりやアオイズガーデンの日記を書ける媒体を探しています。
やっぱりミクシィかな…。皆さんどう思いますか~?
これからは新居の内部やアオイズガーデンの模様、そしてこれから建て替え予定のHOMEの事も
赤裸々に綴っていきたいのですよね~。とりあえず犬ブログ村ではない…のかな?







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生まれて初めて見るうちわにとびすさるあかり。









悩めるブロガーに愛のポチを!写真少なくてごめんなさい~。
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再出発の門出

昨日やっとネット配線の工事が終わり、新居でのネットライフがスタートしました。
こうやって皆さまにブログ配信するのは超久しぶりですが、
実際に私とあかりが新居で暮らし始めたのは5月18日。
なんと、ブログを書けるようになるまで1ヶ月もかかってしまいました。







この1ヶ月間、私達(実質は私)がなにをしていたかというと、
引越し後のご挨拶やマンションでお世話になった人達へのお礼、
新居を整えるためのあれこれ、そして多忙を極めた仕事でした。
震災後の宮城は特需を迎え、様々な分野でそれぞれが忙しく働いています。
私は震災前と同じ職場で同じ仕事をすることができ、
私達が生きて行くための収入を得られることにとても感謝しています。







いまの自分には、与えられた環境に感謝し、
社会基盤の一員として働き続けることが唯一の復興への道筋だと考えています。
たくさんの募金もボランティアもしたいけれど、現状維持が精一杯の私達。
情けないなあと何度思ったかしれませんが、結構同じ様に考えている人もいて、
被災地で暮らす人々は皆同じ想いを抱えているんだと分かりました。
困っている人達を助けたい、けれど自分には何もできない。
できることをやればいいんだよ、と言われるかもしれませんが、
実際に動けない(余裕がない)立場ってどうしても歯がゆく苦い思いを抱えるもの。
でも本当にどうしようもないので、動物ボランティアをしている団体に少しずつ協力しています。
私達なりのやり方ですが~。











今回新居に引っ越すまでの紆余曲折は、実はもう遠いところにあります。
何故かというと、私達にダメージを与えた人達が遠い地域の人達で二度と会うことはないこと、
仙台では本当に誰もが私達に優しくしてくれて、ダメージを最小限(たぶん)に抑えられたこと、
そしてなにより、私自身がとても新居を気に入っていて、
新しい生活を既に楽しみ始めているからです。
あかりも新しい散歩コースが気に入ったみたいで(その話は後日)、
駅近マンション生活から閑静な郊外生活へ私達は順調にシフトしています。
他から見れば全然順調じゃなくても(笑)、あの震災を乗り越えての新生活に私は、
自分でも驚くほど適応してるなあと感動しています。
だって、あかりと離れている間は真っ暗闇のトンネルの中にいたんですから。







ただ一つ許せないのは、今回のトラブルが私達の最後のパグミへの参加を断念させたこと。
あんなに楽しみにしていて、震災後もずっと参加を信じ続けて頑張ってきたのに、
誰かの悪意でその夢が閉ざされてしまうなんて…。もう取り戻せない夢です。
しかーし!神様はいるものです。そんな私達に、とっておきのご褒美が舞い降りてきました。
なんと、その話は来月になってしまうのですが(なんで~?)、
私達の新生活の門出に最高の出来事であることは間違いありません(嬉)。
山あり谷ありの人生ですが、こういうサプライズがあるからやってけるのかなあ。







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震災後、パグミへの予行練習で服を着せられるあかり。
このワンピースは大事にとっておいてあります。










最後に、このブログを通じて私達を応援してくださった皆さま、
たくさんのメールやコメント、そして励ましの数々。
そばで支えてくれた人達とともに、私達の命綱でした。
『つながり』は、儚くそして強いものなんですね。
感謝の気持ちをうまく伝えられなくてもどかしいのですが、
たくさんのありがとうと、未来への希望を込めて。











まだ形を成していないアオイズガーデンとともに。
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私達の運命

ブログを更新していない間、メッセージをくださった皆さま、
ポチを押してくれた皆さま、本当にありがとうございます。
いま、私とあかりは離れて過ごしています。
ようやくあと数日で一緒に暮らせるところまできました。







どうしてこんな事になってしまったのか、ブログに詳しく書けないのが辛いです。
でも被災地ではいまも異常な状態が続いていて、私達はそれに飲み込まれてしまいました。
パグミへの参加も断念せざるを得ませんでした。
周りのたくさんの人達に随分と迷惑をかけ、甘え、助けて頂きました。
どうやって恩返しをすれば良いのか分からないくらい、私達は救われてきました。






あかりは離れている間に生後10ヶ月を迎え、元気です。
その事が一番私を安心させましたが、飼い主として痛切に心苦しい事態が続いています。
どんな事情があっても、愛犬と離れて暮らさざるを得ない状況を作ってしまったのは私だから。
それでもこの苦しい状況の中、あかりを家族の一員として預かってくれるご家族がいて、
私達は幸運でした。その方々のおかげでなんとかここまで来ることができたのだと思います。











地元のラジオから流れてきた、こんなメッセージがありました。
東北の沿岸部では、まだまだがれきの撤去や行方不明者の捜索が続いていて、
避難所で生活されている方々も自宅に戻って整理や片付けを行っています。
そんな沿岸部に、遠方から車でやってきた若い男性達が持ち込んできたゴミを車から出し、
被災者の方々の目の前で、がれきの上にそのゴミを捨てたというのです。
その被災者の方が注意をしたら、逆切れしてゴミをそのままにし、立ち去ったそうです。
そのラジオ局のパーソナリティの方が言っていました。






「がれきは、ゴミじゃないですよね。その方達の大切な家や思い出の一部です。…」






パーソナリティの方の涙声がすべてを物語っていました。
がれきの下には、たくさんの思い出の品や、もしかしたら亡くなられた方々もいるかもしれない。
それなのに、そんな事をする人がいるなんて、私には到底理解できません。
でも、これが現実です。
省みず、そういう事を平然とやってのける輩がいるのです。







今回のことを、私は被災の一部だと考えています。
震災があまりにも大きすぎて、ありとあらゆる渦が私達を取り巻いているんだと。
でも、逆に被災者同士で助け合えたことも大きかった。
国内外からの義捐金や、たくさんのボランティアの方々、自衛隊の支援などは
表現できないほど感動や感謝の気持ちでいっぱいです。
きっと今回の震災で、被災地は失ったものと得られたものがあるのでしょう。
それならば、いまあるものを大切に心にしまい、前に進んでいけそうです。












次回は、元気なあかりの様子をUPしたいと思います。
こんな内容のブログを最後まで読んでくだった皆さま、ありがとうございます。

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震災その後

~今回は写真少なめです。お許しあれ~。








前回の記事からはや3週間…。あっという間に時間は過ぎていきました。
この3週間、私がなにをしていたかと言うと、仕事・仕事・仕事です。
他にはなーんにもやっていません(苦笑)。
余震は続いていますが、それを気にしてばかりだと何も出来ないので
皆慣れたふりをして机に向かい、作業をこなし、残業をして毎日帰宅です。
本震以降、余震の影響で何度かライフランの断絶もありましたが、
恐ろしいことにあまり苦ではありませんでした。
サバイバルに慣れるのもどうなんだろう~とも思いましたが、
やっぱりあれですね、あかりのフードの買い置きが心を強くしてるのかもしれません。






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でもね、あかり何だか物足りないの。







それはね、いつもドッグカフェで買っているオヤツがもう無くなってしまったからですよ。
まだ通常営業はしていないから、補充がきかなくって…。
ランチのついでにまた買いに行くから、もう少し我慢してくれるかなあ。
というより、あかりは被災期間中に普段食べれないようなオヤツも食べてなかった?
あれは皆さんがあかりの為に…。








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こ、こ、こ、これ~!!!(しかも鼻にゴミを…。)







あかりなりにストレスが溜まっているのか、
トイレシーツを破るのが大好きになってしまいました(泣)。
まあ普段よりも私のお休みが少なくて申し訳ないとは思っているけれど、
そのトイレシーツ、おかあさんが重いのを頑張って買って帰ってきたやつなんだよ~。
なーんて、そんな事あかりには関係ないもんね…。
心身健やかでいてくれることこそが親孝行なんだもんね。







あかりは余震のたびに吠えはしますが、その他は以前とあまり変わりはないようです。
一時、人間用の食べ物を与えざるを得なかったとにきはニキビも出来ましたが、
震災後初めて病院に行ったときに飲み薬を処方してもらったらすぐに消えました。
飼い主として本当に助かっているけれども、でもやっぱり心の傷は気になります。
なんと私自身が最近になって震災の後遺症というか影響が出始めてきたのですから。







と言っても、あまり大袈裟なものではなく(汗)。
要は不眠症の症状で、神経が冴えて眠りが浅く、早朝5時にはもう起きだしてしまうのです。
その日の仕事で疲れて眠りに入るのは大体深夜1時過ぎ。
普段なら午前8時までは絶対に起きないのに、一度目が覚めるともう眠りにはつけません。
おかげで運転中も眠くて危ないったら…。きっと余震の影響もありますよね。
とうとう先日には、狭い道路の電柱にかなり遅いスピードで車をぶつけてしまいました
我ながらやってしまった~と思いましたが、幸いにも傷はかなり浅く事故にはせずに済みました。
電柱さん、ごめんなさい…。







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車さんにもごめんなさい、ですよよ。







ディーラーさんに車を見てもらった時、
今は激混みで修理をするとしてもかなり待ちます、と言われました。
本震のときにぶつけたり壊れてしまった車が多いのかと思ったら、
なんとガソリン不足のときに出所の怪しい正規ではないガソリンを入れたりして、
エンジンがかからなくなってしまった車が多いのだそう。
もちろん海水に浸かってしまって動かない車もあるとは思いますが、
いかに仙台が車社会かということが分かった気がしました。
JRや地下鉄がストップしていたこともあったと思いますが、
なんにせよ通勤にも買い物にも病院にいくのだって車は不可欠です。
そういえば、会社の人が津波に車を持っていかれそうになって、
慌てて裏道に逃れてなんとか車も無事に帰還できたって言ってましたっけ。
これからは、もっと愛車を大事にしなければ。大切な足であり相棒ですもんね。









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ひ、ひえ~。あかりさん逆光でなんだか怒ってる…?
(パソコンをいじっているのが気にくわないらしいです)









私、自分が生涯初めての不眠症になってやっと分かったことがありました。
あの震災を経て、いま生きていることが本当に不思議なことなんだって。それ程の事象。
東北や関東には、近くM8以上の最大の余震がくると予測されています。
そのときにどの場所にいるのか。予想がつかなすぎて困ります(苦笑)。
でも分からないからこそ、生きていられるのかも。M8の余震なんで前代未聞ですし…。
原発も津波も怖いけれど、私はやっぱり最大の余震が怖いです。
きっとマンションの高層階に住んでいる人はみんなそうなんだろうなあ~。
あかりの屈託の無さが、その余震に対する恐怖を和らげてくれているんだよね、きっと。











そしてそして密かにアオイズガーデンは着々と進行しています(!)
次回の更新では、その様子などをお知らせできるかも~。
その時をお楽しみに!

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おまけ

すみません~。前回を最後の震災関連の記事にするつもりだったのですが、
どうしても書き残しておきたいことを思い出し、急遽更新することにしました。
私にとっては「おまけ」どころではなく非常に大切な内容です。
ちょっと固い記事かもしれませんが、皆さんも読んで損はないはず…?
内容と関係ない写真も載せますのでそこはスルーでお願いします☆









宮城県は以前から大地震がくると言われて久しい地域ですが、
あろうことに私はあかりのサークルの位置以外、これといって地震の備えをしてきませんでした。
もちろん引越し直前だったということもありますが、
賢明な方はいついかなるときも備えを万端にしているはず。
私が備えを疎かにしていたのは、結局のところ大地震の経験が無かったこと(家族含む)、
備蓄物の賞味期限や防災袋の置き場所を考えることが面倒だったこと、
大地震がくるのはまだまだ先だと思っていたことに他なりません。






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私の朝食(おじやです)の前に当然のように座って待つあかり。
だからね、それはおかあさんの食事なんですよよ。







なんの備えをしていなかったにもかかわらず、
私が無事に生き延びれたのは他の被災者の方々に助けられたのも大きいですが、
全くの偶然によって集められていた物たち、たまたま自宅にあった備蓄物のおかげもありました。
なのでこの記事では、M9.0を経験した私だからこそ伝えられる、
今後の非常時に備えるべきグッズを記していきたいと思います。







おそらく書き出せばきりが無いほど候補は挙がってくるのですが、
整理の為に時系列で順番をつけていきたいと思います。
まず震災当日から。



① ナイロンバッグ(大)
私は震災直後の自宅に入ったとき、あかりの次に探したのがアオイの骨壷とそれを入れる袋でした。
いわゆるエコバッグも何点か自宅にはありましたが、私が手にとったのは
学生時代から愛用しているエルベ・シャプリエの定番マザーズバッグ。
これは丈夫な上、ファスナーもちゃんと閉まるし肩掛けも余裕で出来ます。
安物ではなく、長く使える定番物はこんなときにも支えになります。
ナイロンで防水なので、通帳などの貴重品なども安心して入れらるので、かなり重宝しました。



② ミニライト
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私は懐中電灯はもちろん、携帯ラジオも乾電池も常備していませんでした(泣)。
当たり前ですが電気が復旧するまでは、日が暮れればすべては真っ暗。
もしこのミニライトがなかったら、私やあかりはどこか怪我をしてしまっていたでしょう。
このミニライトは、母が来仙したときに何かの雑誌のおまけ(笑)を私にくれたものです。
その時は、もし地震がきたらね~なんて笑いながら受取りましたが、まさか現実のものとなるとは。
個人的な意見ですが、立派な懐中電灯よりもこういったミニライトのような、
かさばらずに携帯しやすく、電源も少しでよい物の方が長期的に備蓄しやすのではと思います。
災害時の備蓄物はたくさん揃えようとするから億劫になったり邪魔になったりするもの。
電気の復旧はライフラインの中で一番早いので、私にはこのミニライトで十分でした。
乾電池が電源のラジオは保留とします(車のラジオが聴けたので)。






(震災2日目)


③ ポリタンク
給水所に水道水をもらいに行く時、私は麦茶入れとペットボトルを持っていくしかありませんでした。
あとから加湿器用のタンクや掃除用のバケツを思い出しましたが、
蓋付きのポリタンクがあればあの時どんなに楽だったかな~と思います。
一人暮らしの女性では、このポリタンクを常備するのはなかなか珍しいと思います。
そんなに大きくなくてもいいので、各家庭に1個は備えておくのがお薦めです。



④ 軍手
片づけの際はもちろん、軍手は防寒用にもあると便利だと思います。
おしゃれ系の手袋をしてもいいと思いますが、女心としてはなかなか使えないものです。
重い水を運ぶときにも重宝しました。
すぐに汚れるので、できれば2つ以上。滑り止めはあってもなくても大丈夫です(←細かい)。






(震災3日目)


⑤ スリッパ
これは震災当日からじゃないの~と思われそうですが、部屋の中がある程度片付くまでは
その時履いている靴やスニーカーの方がいいと思います。
ガラスの破片や砂が飛び散っているし、スリッパは濡れると役に立たなくなります。
我が家は物が少なかったために、すぐに居室内ではスリッパに履き替えましたが、
すぐに汚れたりしたのでもっと多めにあれば良かったなあ、と思いました。
あまり安物ではなく、ある程度しっかりしたものが複数あると心強いと思います。



⑥ ほうき&ちりとり
電気が復旧する前にも、できるだけ居室内は片づけたいもの。
ほうきとちりとりのセットがないと、手で汚れ物や割れ物をかき集めなければなりません。
どの家庭にもあるかもしれませんが、あまり大きくないサイズのものの方が片付けやすいと思います。
ちなみに私が持っていたのは100均の超安物でしたが、十分に役目を果たしてくれました。





(震災4日目)


⑥ 携帯電話の充電器
この日は近所の家電量販店に無料の充電サービスに行ったのですが、
充電器を持っている人が優先的に充電を受けられました。
持っていない人の方が多く、機種を問わず充電はしてくれましたが、待ち時間は倍だと思います。
持ち出せる場合に限りますが、持っている人は必ず手元に置いておきましょう。
私は会社用と自宅用の二つを揃えていたのですが、もし自宅用が無かったらと思うとぞっとします。



⑦ 現金
どのお店も、カード払いは出来ませんでした。
私は引っ越し業者に支払う予定の引越し代が財布に入っていたのでとても助かりました。
一人暮らしだったら2万円あれば当座はしのげます。
大家族だったらいくら必要なんだろう~。分かりません~(すみません)。
余裕のあるときに、防水袋に入れてとっておきたいものですね。






(震災5日目)


⑧ バケツ、洗面器
この日は、マンションの水道が復旧した日でした。
私は張り切って洗濯をしたりお風呂に入ったりしましたが(オール電化マンション)、
キッチンでお湯を沸かし、浴槽にお湯をためるにはバケツは必需品でした。
また顔を洗ったり、節水しながら食器を洗うには洗面器は2つ以上あると便利です。
当たり前にある家庭が多いとは思いますが、私が賃貸で一人暮らしのときは
バケツは持っていませんでした。多分、洗面器もお風呂に一つだけとか。
バケツも洗面器も大きいものは逆に使いづらいので、中くらいのサイズがお薦めです。



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震災5日目にして2回目のお風呂に入れられるあかり。
この時は、全身くまなくノルバサンシャンプーですっきり。






(全体を通して:特に気になったもの)
⑨ サプリメント
しばらく新鮮な野菜を食べられなかった私には必需品でした。貧血対策にも。

⑩ いつも使っているスキンケア用品
たまたま1ヶ月分くらいの余裕があったのでとても助かりました。
心身ともに疲れているときに、肌に合わない化粧品を使わざるを得ない状況だったとしたら、
それは女性にとってはとても辛いものだと思います。
シャンプーなんかは数日はしなくても平気です(皆そうだから)。

⑪ 赤ちゃんのおしりふき
いや、別にこれじゃなくてもいいのですが(苦笑)、しばらくお風呂には入れないので
この様な類似品が簡易お風呂代わりになります。
ちなみに私は…。トイレ掃除用のウエットシートが代用品となりました。(スゴイ!言った!) 
あ~でも、成分的には安心でしたよ…?(←言い訳)

⑫ 震災当日もしくは翌日にコンビニ等に走ること!
私は翌日の早朝に並びましたが、コンビニの棚にはパンやカップめんやすぐに食べられるもの
は一切並んでいませんでした。
それでも、チョコレートやおせんべいやお茶やミネラルウォーターをある程度買えたことは
とても助かりました。
だって、それ以降はガソリンも無くなるしお店は長蛇の列で入店も叶わずだったのですから。
そのコンビニも、震災3日目からはずっと閉店しています…。







とここまで挙げてきて、この中には食料品などの賞味・消費期限のあるものは除いています。
サプリや化粧品は期限がありますが、これらはわざわざ別に備蓄しておくものではなく、
余裕をもって買い置きをすると、いざいという時に焦らなくてすむという参考です。
また愛犬用品は各々の事情によって違ってくるので書きませんでした。
でも、あかりが比較的丈夫な子だったことがかなり助けになったことは言うまでもありません。
そして食料品や生活用品は、被災者同士で助け合うことができるし、数日待てば必ず手に入ります。
私は今後の非常用の備えとして、賞味・消費期限のないものしか常備しないと思います。
だって、期限が過ぎたらまた買い替えなくちゃならないのは面倒ですから。







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頂いたオヤツを「待て」するあかり♪
若干おしりがずり落ちそうですが…。







仙台での買占めの上位に、ガスコンロや電池や充電器、カップめんやポリタンクなどがありました。
これは正しくて、そして全家庭に当てはまるものではありません。
まずオール電化住宅は電気の復旧が早いのですぐに必要なくなるし、
カップめんもお米と同じでたくさんあっても食べ飽きてしまうのです。
ポリタンクは一つあればなんとかしのげるのに何個も必要でしょうか。
むしろ、ファンヒーターを使っているご家庭では灯油の確保が大変そうでした。
重いこともありますが、これも食料品と同じで並べば買うことができます。
私はそれよりも、もっと重要なことが今回の震災で学べたように思います。








辛いときは、思い切って知らない人でも話しかけること。
助けてもらったら、ちゃんとお礼の気持ちを表すこと。
世代を超えて助け合うこと。割り込みをしないこと。
よく考えたら、普段の生活でも必要なことばかりです。







002_convert_20110322144338.jpg
あかりって、胴長短足だよねー。ププ。







被災地で取り残された動物達の映像を見ると、やるせない気持ちがわっと押し寄せます。
でも沿岸部の乗馬クラブで、泥にはまった一頭の馬を被災者の方々が協力して助け出すのをTVで見ました。
その方達は、動物は何も話せないから自分達が助け出さなきゃならないんだ、と仰っていました。
一番被害の大きいであろう被災地で、こんなことを出来る人達に感服します。
どんな非常時だって、生命の尊さに種別はないはず。
私もいつか、ではなくこの瞬間から自分を見つめ直したいと思います。








私は被災者として辛い経験もしましたが、アオイを失ったときに比べればそれほど苦しくはない。
そういう内容のメールをパグ仲間の方に送ったところ、
その方はそれこそがアオイの命が続いているという事、生かされているという事だと教えてくれました。
アオイを失った辛さが、いまの私を支えてくれているのだとしたら、
私はどんなことがあっても未来を信じることをやめたりはしません。
だって私の未来には、私達の今までとこれからが門を開いて待っているのですから。











ポチを押してくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
これから更新が遅くなるのは仕事の影響ですのでご安心ください。
あかりはイタズラいっぱい元気です。

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プロフィール

みずほ

Author:みずほ
仙台でパグとの二人暮らし♪

長女:アオイ
(黒パグ♀ 享年3歳3ヶ月)

次女:あかり
(フォーンパグ♀ 4歳)
 

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